まあ座り。というのも変やな。ここは立ち飲みやのうて、画面の中や。
初めまして、濃いめのおっちゃんと申します。尼崎生まれの尼崎育ち、機械部品メーカーの営業をしとる50代後半のおっさんです。このたび7階建ての雑居ビルみたいなもんを建てることになりました。ビルの名前は「アテになる話」。酒の肴になる話で、当てになる話、という意味です。今日はその開店のあいさつを。
きっかけは、立ち飲みの隣の若いの
いつもの店でのことです。阪神尼崎の駅前の行きつけの立ち飲み。店の名前は内緒や。
俺はそこで暇つぶしみたいな話をよくしとった。出張先で聞いた変な話、新聞の片隅に載っとった昔の事件、会社が潰れるときの内側の話。そんなんをハイボール片手にペラペラと。
ほんだら常連の若いのが言うた。「おっちゃん、それ一箇所にまとめて置いといたらよろしいやん」て。
置いとく場所いうのを俺はそのとき初めて考えた。若いのが全部作ってくれた。書き方も教わった。「見出しをつけるんです」「段落を短くするんです」て。おっさんに文章の作法を教える若者がおる。ええ時代や。
名前は、注文と間違われた
名前の話をしとかなあかん。
若いのがスマホをいじりながら聞いてきた。「名前どうします?」て。その瞬間、ちょうど大将に注文を頼まれとってな。「ハイボール、濃いめで」と答えた。ほんだら若いのが「……濃いめのおっちゃん、で登録しときました」て。
訂正する元気はなかった。まあ、ええかと思た。話も酒も薄いより濃いほうがええ。ダジャレを狙った顔もできへんし、これでいく。
このビルの歩き方
7階建てや。上から順に、世界の陰謀論、未解決事件、日本ピンク文化史、昭和の文化とおもちゃ、会社の倒産史、日本の都市伝説。1階がこの立ち飲みで、地下に売店、屋上に年表がある。
肴は全部で500本以上、最初から全部並んどる。順番は自由や。好きな階から入って、好きな本数だけ飲んだらええ。
ただ、どこから読むか迷う人のために、毎日一本だけ「今日の一本」を決めとく。看板の一番目立つところに貼ってある。迷うたらそれを読んで帰ってくれたらええ。
どの話も最後に判定をつける。読む前に「こうやろ」と札を張っといて、判定で答え合わせする遊びもある。当たっても外れても金は取らん。読んだ本数は1階の常連カードに判子で残る。
重い話は重い話として書く。笑いにすり替えたりせえへん。笑ったらあかん回は、最初にそう言う。
三つだけ、約束させて
一つ。俺は調べてから書く。若い頃、商談の席で知ったかぶりがバレて大恥をかいてな。以来「知らんことは知らん言うて、帰って調べる」が癖になっとる。このビルもその延長や。裏が取れてへんことは「裏が取れとらん」と書く。
二つ。笑いの矛先は決めとる。権力、制度、デマ、それと俺自身。事件の被害者や遺族を、笑いの材料にはせえへん。亡くなった人の話は、座り直して書く。人が死んどる話では物も売らん。
三つ。世に出す前にうちの嫁さんに読ませる。元経理で、数字に強くて、俺より本を読む。「これ、ほんまに調べたん?」が口癖や。この質問に答えられん記事は、世に出ん。嫁がこのビルの最初の監査役や。
ほな、どこからでも
初めての人には一本目を決めてある。死者のおらん事件から入る決まりにしとるんで、三億円事件や。犯人は逃げ切って、誰も死んでへん。日本でいちばん有名な「未解決」から始める。
ほな、今日は開店の記念にいつもより濃いめでいかせてもらう。まあ座り。