日本と世界の未解決事件を1日1個、酒の肴にする連載。最後に「今どうなってるか」を判定する。【未解決】【時効】【冤罪】【真相不明】、主にこの4つや。
今日は笑ったらあかん回や。女性が一人死んどる。名前は分からん。「ベラ」いうのは、壁に書かれた落書きの中の名前や。誰が書いたかも分からん。分からんことだけでできた事件や。
1943年4月、ハグリーの森
イギリスの真ん中、ウスターシャーのハグリーいう村の近くに森がある。貴族の屋敷の敷地の森や。1943年4月18日、その森に4人の少年が入った。戦争中で食い物が乏しい時代や。鳥の巣か獲物を探しとった、とされる。
一人が、古いニレの木に登った。ウィッチエルム、いう種類のニレや。幹の中が空になっとる木で、その洞の中を覗いたら、頭の骨が見えた。
少年らは怖なって、黙って帰った。せやけど一人が親に話して、警察が来た。木の洞の中から、女性の骨が見つかった。近くの土の中から、手の骨が別に見つかった。書くんはここまでや。
分かったこと
検死をした法医学者の見立てはこうや。女性。25歳から40歳、たぶん35歳前後。身長は低い。死んでから1年半ほど、つまり1941年の秋ごろに死んだ。口の中に布切れが詰まっとった。歯並びに特徴があって、歯医者の記録が残っとれば分かるはずやった。
分からんかったんは、名前や。警察は全国の歯科記録と行方不明の届けを当たった。戦争中や。空襲で人が死に、若い者が徴兵で家を離れ、疎開で住まいが変わる。「行方不明の女性」はイギリス中に何千人もおった。誰も、この人を探しとる人として現れんかった。
落書き
ここからが、この事件を100年残す話や。
翌1944年の初めごろ、近くの町オールド・ヒルの壁に、白いチョークで落書きが現れた。「誰がルーベラをニレの木に入れた?」最初はそういう綴りやった。数か月のうちに「ベラ」になって、「誰がベラをウィッチエルムに入れた、ハグリーの森」いう形でバーミンガムの街にも書かれた。
誰が書いたか、分からん。警察は探した。落書きした人間は、何かを知っとる。少なくとも、警察がまだ公表しとらん「ベラ」いう名前を知っとる、と見えたからや。せやけど書いた人間は出てこんかった。
ほんで落書きは、止まらんかった。1970年代から、ハグリーの村にある古い石の記念碑に、また同じ言葉が書かれるようになった。1999年にも書かれた。80年間、誰かが定期的に、壁に向かってこの問いを書き続けとる。最初に書いた人間はもう生きとらんやろう。書き手が代わって、問いだけが残っとる。
三つの説
説は三つある。
一つ目は魔術や。当時ロンドンの大学におった民俗学者、マーガレット・マレーが言うた。木の洞に死体を封じるのは、死者の霊を閉じ込める古い呪いのやり方や。別の場所から見つかった手も、魔術の道具にする風習と合う、と。この人はエジプト学者で、魔女信仰の研究で有名やった。ただし今の学者は、この人の魔女研究そのものを「方法に大きな穴がある」と評価しとる。
二つ目はスパイや。1953年、地元の新聞に「クラヴァリーのアンナ」と名乗る投書が届いた。ベラはドイツのために働く一団の一員で、この地方の軍需工場の情報を流しとった。仲間に殺された、と。記者が投書の主を突き止めた。元夫が死ぬ前にそう語った、いう話やった。ただし投書の主の語りは機会ごとに変わったとされて、裏は取れとらん。
三つ目は、地元の誰かや。名前が出た人もおる。ここでは書かん。
なんでわからんかったん
一番大きいのは、骨がないことや。この事件の遺骨は、なくなっとる。1960年代の終わりから70年代の初めまでは、バーミンガムの警察の資料館にあったとされる。その後、行方が分からん。DNA鑑定が来る前に、鑑定する物がなくなった。2023年、BBCが「どこかの博物館に眠っとらんか」と呼びかけた。今のところ出てきとらん。
近年、イギリスの情報機関の古い書類からドイツのスパイが持っとった歌手の写真がベラやないか、いう説が出た。調べたら、その歌手は1942年にベルリンで死んどった。説は消えた。
ウェスト・マーシア警察は事件を見直して、2014年に見直しを終えた、とされる。
ほんで判定やけど
【未解決】や。
誰も起訴されとらん。誰が殺したか、誰が死んだか、誰が壁に書いたか。三つとも分からん。
異説を併記する。「スパイ網の内輪の始末で、戦争の秘密のまま闇に入った」いう見方が、この事件をおもしろがる人には一番多い。「地元の女性で、家族が黙った。落書きはその家族の誰かが罪悪感で書いた」いう見方もある。「魔術説は、当時の空気が作った物語や」いう見方が、今の学者には多い。俺はどれにも与しない。
ただ一つだけ言うと、この事件でいちばん確かなもんは、落書きや。骨はなくなった。名前は分からん。せやけど「誰がベラを木に入れた?」いう問いだけは、80年たっても壁に残っとる。誰かが消しても、また誰かが書く。答えのない事件は、そうやって問いのほうが長生きする。
ほな、今日は静かに一杯や。