アテになる話5F 日本ピンク文化史

アテになる話 › 5F 日本ピンク文化史 › #35

秘宝館いかがわしい名前が守っとったもん

この回を店で読む(判子と常連カードつき)→

日本の「大人の文化」を1日1個、酒の肴にする連載。仕組みと歴史の話や。最後に「今どうなっとるか」を判定する。【現役】【消滅】【変身】、主にこの3つや。

今日は笑ろてええ回や。温泉旅行の、あの施設の話や。名前はいかがわしいけど、中身はちょっとええ話や。


団体旅行の、締めくくり

昭和の温泉旅行を思い出してくれ。会社の慰安旅行、町内会の親睦会、バスに乗って温泉に行く。宴会で酌をして、カラオケで歌う。ほんで翌日、旅館を出て、みやげ物屋を冷やかす。その並びに、必ずあったんや。秘宝館が。

秘宝館いうのは、性をテーマにした見世物の施設や。人形とジオラマと、ちょっとした仕掛けで、男女のあれこれを面白おかしく見せる。温泉街の観光ルートに、当たり前みたいに組み込まれとった。おっさんもおばはんも、ちょっと顔を赤らめて、笑いながら通り抜ける。それが昭和の団体旅行の、締めの定番やった。

今の若い子に言うても信じてもらえんやろな。「会社の旅行で、みんなで性の博物館に行った」て。ほんまの話や。

始まりは、まじめやった

さあ、ここが今日のおもろいとこや。この、いかがわしい施設の始まりが、実はまじめなんや。

日本で最初の秘宝館は、1969年4月、徳島県の「男女神社秘宝館」や。神社や。もともと性器の形をしたご神体を祀るのは、日本の民間信仰に昔からある。子宝や五穀豊穣を願う、由緒正しいやつや。秘宝館の源流の一つは、そういう信仰の展示やった。

ほんで今の形の秘宝館を作ったのが、1972年10月、三重県の伊勢の近くに開いた「元祖国際秘宝館」や。作ったのは松野正人いう実業家で、もとは貝細工の製造で財を成して、ドライブインをやっとった人や。集めた性の民芸品を、伊勢参りのルート沿いに並べた。これが当たった。日本で初めて等身大の人形を使った秘宝館は、ここやと言われとる。

注目してほしいのが、この施設の目玉や。「保健衛生コーナー」いうのがあった。妊婦の医学模型、性病の症例模型。そういう医学展示がずらっと並んどった。創設者の願いは「性について正しく理解してほしい」やったとされる。展示の制作には京都科学標本いうメーカーが協力しとる。島津製作所の創業者が始めた科学標本作りをルーツに持つ、医学模型の老舗や。

つまり日本の秘宝館は、神社の信仰と性教育の博物館として始まっとる。エロの見世物やのうて、まじめな標本館やったんや。

東宝出身者が、遊園地に変えた

まじめな標本館が、なんであの「面白おかしい仕掛け」の館になったか。

伊勢が当たったんで、全国に類似施設が次々でけた。温泉街を中心に、最盛期には全国に20館ほどあったと言われとる。ここで、作り手が変わった。医学模型やのうて、客を楽しませる仕掛けを作る会社が入ってきた。それが、東宝の出身者が作った造形の会社やと言われとる。

東宝いうのは、ゴジラを作った映画会社やで。特撮の、舞台美術の、プロや。そのプロが秘宝館を作り始めた。ほんなら、医学模型は消えて、動く仕掛けが増えた。

熱海秘宝館の名物を例に出すとな。「マリリン・モンロー」の人形の前でハンドルを回すと足元から風が吹いて、あの有名なスカートがめくれる。「飛び出すヒップ」は迫ってくる映像に思わず手を伸ばすけど、触れそうで触れん。映画のセットを作る技術が全力でしょうもないことに使われとる。俺はこの「一流の技術を全力でくだらんことに注ぐ」姿勢がたまらんほど好きや。日本の文化やと思う。

消えていって、一館だけ残った

1990年代に入って、秘宝館は次々に傾いた。

理由はいくつかある。会社の団体旅行そのものが減った。バスで大勢が温泉に行く文化が終わった。性の展示への世間の目が厳しくなった。ほんで、人々の感性が変わった。おっさんもおばはんも、みんなで性の博物館を笑って通り抜ける。あのおおらかさが、だんだん時代に合わんようになった。

2000年代の初めには、閉館が相次いだ。全盛期に20館あったのが、一つ、また一つと消えた。伊勢の元祖国際秘宝館も、2007年に閉館した。跡地はどうなったか。別の店になったり、廃墟のまま朽ちたり。展示物は散り散りになった。中には京都科学の技術が入った学術的に価値のある模型もあったんやけど、まとめて保管する場所もなく、消えていった。

ほんで今、日本にたった一つ、秘宝館が残っとる。静岡県の熱海秘宝館や。1980年開業。ここがすごいのは、ただ生き残っただけやない。2024年5月14日、開館以来はじめての大規模リニューアルをやった。「ネオ秘宝館」いう3つの新エリアや。プロデュースしたんは渡辺美聡いう、イベント企画を手がけるクリエイターや。コンセプトは「エロっていちばん、クリエイティブだ」。昭和の遺物として朽ちるんやのうて、「文化としての性」を残す最後の砦として、自分で選んで残る道を選んだ。

ほんで判定やけど

【変身】や。

神社の信仰から始まって、性教育の標本館になって、東宝の技術で遊園地になって団体旅行と一緒に全国に広がった。感性の変化で全部消えて、最後の一館が「文化遺産」として自分から生き残った。名前はずっと、いかがわしい「秘宝館」のままでな。

日本のピンク文化史は名前と中身がずれとる、て何回も言うとるけど、秘宝館はそのズレが一番激しい。名前だけ聞いたらいかがわしい見世物や。中身をたどったら、信仰と医学と映画技術と、昭和のおおらかさの結晶や。いかがわしい名前で、大事なもんを守っとった。

ほな、温泉行ったら秘宝館の看板を探してみ。もうほとんど無いけどな。無いこと自体が、時代が変わった証拠や。


この回の棚はAmazonと楽天のリンクや。買うてもろたら店にいくらか入る。

帰りに寄る棚PRからくり人形 置物 レトロ映画の特撮技術がしょうもない仕掛けに化けた話や。眺めとき。無理して買わんでええからな。Amazonで見る楽天で見る

5F 日本ピンク文化史 の目次へ