日本の「大人の文化」を1日1個、酒の肴にする連載。仕組みと歴史の話や。最後に「今どうなっとるか」を判定する。【現役】【消滅】【変身】、主にこの3つや。
今日から第III章「メディア・作品」に入る。場所の章は#42の歌舞伎町で締めた。ここからは作品の話、春画から始める。2015年、東京・目白の永青文庫で日本初の本格的な春画展が開かれた。3か月で21万人が詰めかけた。日本の美術館に飾られるまでに、この絵は一度世界を一周してきとる。そんな話や。
トップ絵師の、もう一つの稼ぎ
まあ座り。春画は江戸の浮世絵師にとって、隠れた主力商品やった。北斎も歌麿も国芳も描いとる。菱川師宣まで遡れば、浮世絵の歴史の最初っから春画はある。絵師の代表作の横に、必ず「もう一つの仕事」がぶら下がっとったわけや。
庶民だけのもんやない。嫁入り道具に入れる枕絵として、大名の家にまで納められた。役割は性教育の絵本であり、縁起物であり、火除けのお守りでもあったとされる。今の感覚で言うたら変な組み合わせやけど、江戸の人間にとって性は隠すもんである前に、生活の一部やったんやろな。
呼び名もひとつやない。「笑い絵」とも呼ばれた。性を隠さず笑いのネタにした証拠や。描かれとるんは男女の営みばかりやない。尽きせぬ欲への自戒や、夫婦の日常を茶化した狂画的内容も多かったとされる。教科書が教えてくれへん江戸の性の覚え方は、むしろこっちの絵によう残っとる。
幕府はもちろん取り締まった。#2の享保の改革で艶本が統制されてから、春画はずっとご禁制の身や。せやけど話はここが面白い。禁制やったからこそ、版元は腕自慢の職人を集めて最高の摺りを注ぎ込んだとされる。バレたら終わりの商品に、なぜか浮世絵の最高峰の技術が使われた。取り締まりが技術を磨いた。皮肉なもんや。
世界が先に見つけた
この絵を真っ先に「美術」として並べたんは、日本やなかった。2013年から14年にかけて、ロンドンの大英博物館が春画展を開いた。約9万人を動員する盛況やった。日本のコレクターが出品と支援で駆けずり回った。帰ってきて日本でもやろうとしたら、こっちの美術館はどこも二の足を踏んだ。
それで開かれたんが2015年秋の永青文庫や。キャッチコピーは「世界が、先に驚いた。」。正直に書いとる。日本初の本格展は3か月で21万人を集めて、京都の細見美術館にも巡回した。18歳未満は入場禁止。江戸に描かれた絵は一枚も変わっとらん。変わったんは、見る側にようやく許可が下りたことや。
その後、展覧会は続いとる
その後も春画の展覧会は途切れへんかった。2025年にも新宿・歌舞伎町や萩の美術館で春画展が開かれとる。江戸のご禁制の品が、今では年に何度も表の展覧会になる。
映像にもなった。春画を題材にした映画『春画先生』や、ドキュメンタリー『春の画 SHUNGA』が作られた。絵は300年前のままや。見る側の制度が変わって、語る側の言葉が増えた。それだけの話や。
大英博物館の展覧会を支えたんは、日本のコレクターやった。国内で表に出せんうちから、個人が集めて守ってきた。文化が残るのは、大概そういう名もない蒐集家のおかげや。永青文庫の「世界が、先に驚いた。」というコピーは、広告としても歴史の批評としても冴えとった。日本の美術館が二の足を踏んだ間に、世界が評価を済ませとった。輸入された評価で自国の文化が動く。黒船と同じ構図や。
ほんで判定やけど
【現役】や。
それも息の長い現役や。2025年にも歌舞伎町や萩で春画展が開かれとる。題材にした映画まで作られた。江戸の座敷の商品が、300年経った今も展覧会の動員を支えとる。消滅どころか、むしろ評価は上がり続けとる。
日本のピンク文化史は、だいたい名前と中身がずれとる。今日のは「ご禁制の絵」が「日本美術の最高峰」に化けた話や。禁じた側の幕府は消えて、禁じられた絵だけが残った。取り締まりはいつも、残したいもんを選ぶのが下手や。
ほな今日は美術展の図録でも眺めてから飲も。笑い絵は、笑える国の証拠や。
この回の棚はAmazonと楽天のリンクや。買うてもろたら店にいくらか入る。