アテになる話 › 4F 昭和文化史
4F 昭和文化史50本・読む順
実体験世代の自分ネタ解禁フロア。銭湯、集団就職、ちゃぶ台まで。
- #1社員旅行——消えたんは、強制のほうやった
- #2新婚旅行——行き先の変遷が、豊かさの年表や
- #6ドライブイン——三方から挟まれた、国道の途中駅
- #8屋上遊園地——家族をてっぺんへ吸い上げるポンプや
- #9ボウリング——二年で四千軒建って、一気に転げた
- #12三種の神器——手に入ったら、神器やのうなる
- #7温泉街の大宴会場——二百畳が、個室に生まれ変わった
- #10海の家——泳ぐ以外の困りごとを、銭に変える
- #14縁側——家から「あいまい」が消えた話
- #16蚊帳——本体は消えて、ふきんが生き残った
- #18御用聞きと出前——アプリ配達の、ご先祖様や
- #19回覧板——誕生日は1940年、元は国の網や
- #20醤油の貸し借り——隣より近い店に、終わらされた
- #22石焼き芋——「石焼き」は案外、戦後の発明や
- #26牛乳配達——消えたんは瓶と、朝の音だけや
- #11団地——買い物袋が4階まで上がっとった頃
- #13ちゃぶ台——家具は消えて、返す言葉が残った
- #15銭湯——売っとったんは、湯だけやなかった
- #17呼び出し電話——電話が、順番待ちやった時代
- #21豆腐屋のラッパ——二音だけで、町中に届いた
- #23チャルメラ——三カ国合作の笛が、夜に鳴っとった
- #24ちり紙交換——業界の苦肉の策が、風物詩になった
- #25富山の置き薬——売っとったんは、薬と安心や
- #27駄菓子屋——十円玉が通用した、子供の国
- #28紙芝居——本業は、飴のほうやった
- #29商店街——シャッターが語る、街の台所の盛衰
- #30純喫茶——「純」は、酒を出さんの純や
- #31集団就職——十五歳の仕送りが、成長を支えた
- #32終身雇用と社宅——会社が、人生ごと面倒を見た時代
- #33社内運動会——会社の村の、年に一度の村祭り
- #34忘年会と宴会芸——一発芸が仕事のうちやった頃
- #35給食の脱脂粉乳と鯨肉——まずさが、世代の共通言語になった
- #36すし詰め学級——六十人が一緒に、大きくなった教室
- #37木造校舎——板の廊下を、裸足で走った
- #38ラジオ体操——1928年から続く、日本最長の朝
- #39学生運動——キャンパスに築かれた、バリケードの季節
- #40受験戦争と学習塾——「四当五落」の算数
- #41街頭テレビ——テレビは先に、駅前におった
- #42お茶の間のテレビ——チャンネル権は、家族会議の議題やった
- #43紅白と「ゆく年くる年」——大晦日だけは、国中が同じ画面を見た
- #44映画館の二本立て——映画が、定食やった時代
- #45深夜ラジオ——真夜中の受験生に、電波の友達がいた
- #46歌声喫茶——コーヒー一杯で、客は合唱団になった
- #47ディスコ——お立ち台の上で、バブルは踊った
- #48カラオケ——発明者は、特許を取らんかった
- #49インベーダーからファミコンへ——変わったんは、遊ぶ場所やった
- #50見合いと仲人——消えたんは見合いやのうて、仲人やった
- #3農協の海外旅行——「ノーキョー」が日本人の代名詞やった
- #4修学旅行——行き先は、鉄道の都合で決まっとった
- #5観光バスとバスガイド——マイク一本で、車内が劇場になった